院長のコラム

なんか変だぞ『個人情報保護法』

今年の4月から個人情報保護法が施行されています。医療分野でも、病気という、いわば個人にとっては『負』の部分を扱っているわけで、この法律以前からいわゆる『守秘義務』が医療従事者には課せられており、患者さんの情報の取扱いには、皆さんかなり気をつけていたと思います。今年度からさらにこの法律が出来たため、さらに特別な対策が求められるようになりました。

 

まず、院内掲示で『当院は患者さんの個人情報保護に全力で取り組んでいます』というポスターを出し、当院でも医師会が作ったひな形の文章をそのまま使用していますが、簡単に言えば、『患者さんから得たすべての情報は患者さんの為に行う医療以外の目的には使用せず、厳重に管理します。本人の同意がない限りは保険会社などの外部に情報を提供をすることはしません』というのが主な趣旨だと思います。その他にも、全従業員や検査を委託している検査センターなどの関係者から、『個人情報を漏らしません』という誓約書や契約書を交わしたりしましたが、どこまで対策をとるのかは各医療機関で異なっているようです。病院によっては、待合室の患者さんを呼ぶのに名前を呼ばずに受付番号で呼んだりし始めました(私は非常に馬鹿げた考えだと思いました)が、かえって患者さんの取り違えが増えるなど非常に不評で、戻してしまったところも多いようです。

 

昨晩、地元の医師会でこの法律に関する勉強会があったので参加して来たのですが、色々勉強になりました。まず、この法律が国民からの声で必要性があって作られたものではない、ということ。発端は、ヨーロッパにおけるEU統合に際して、国際商取引におけるプライバシー保護のために、OECD(経済協力開発機構)の定めたガイドラインに沿った法律制定が求められたことから、EUとの経済活動を円滑に行うために作られた法律だということです。たしかにクレジットカード情報などは厳密に取り扱わなければ商売は成立しませんから、商取引上の情報管理は必要なことです。しかし、もともと医療分野を意図して作られた法でないため、医療分野ではいろいろと矛盾が出て来ています。

 

例えば、司法など公的機関に対する情報提供でも、患者が容疑者、被告となった場合など、今までは捜査上必要と求められた情報は提供してきましたが、厚労省はガイドラインの中で『捜査への任意協力は本人の同意を得なくても違反にならないが、民法上の損害賠償を請求される恐れがある』としたため、医療機関が必要以上に敏感になり、尼崎のJR事故のときにも運び込まれたけが人の氏名などを個人情報保護を盾にして公表するのを拒んだ病院があったりして現場の混乱に拍車をかけたりしたこともありました。また、昨日の勉強会では、『学校から生徒の健康に関する問い合わせがあった時も原則は本人の同意がない限り、教えてはならない』とのことで、『それではその生徒の病気が結核などの伝染性の感染症で、周りの多くの生徒の健康に重大な影響がありそうなとき、本人の親が拒否したら学校に伝えてはいけないのか』というのが話題になりました。他の生徒への感染拡大予防という公衆衛生の観点からは、必ず伝えなければいけない情報ですが、同意がないままに学校側に伝えると患者から訴えられるかもしれません。では、個人情報保護法を遵守して伝えないで、もし感染が広がったとき、今度は伝えていれば感染しなかったかもしれない新たな患者から訴えられる可能性があります。じゃあどうすればいいのでしょうか。

 

これらの例は、個人情報保護法が制定される前なら、考えるまでもなく公共の利益を優先していた事項だと考えられます。また今日の新聞では、秋田市が個人情報の保護を理由に、民生委員に対する母子家庭の世帯名簿の提供を、今年から取りやめていたことが報じられていました。民生委員は地域社会の中で置き去りにされそうな人たちに目を配り、手助けをする大変重要な仕事ですが、もちろん以前から守秘義務を課せられて活動していました。その仕事に対して個人情報保護を振りかざして仕事をやりにくくしたのでは、結局しわ寄せを受けるのは民生委員の助けを必要とする地域社会の弱者です。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20051028i401.htm

 

もちろんこのインターネット時代において、学校の名簿やアンケート、通信販売の履歴などからの個人情報が勝手に流出して、セールスその他に悪用されるのは怖いことで、そういうことを防ぐために個人情報保護法が活用されるのは大歓迎です。しかしながら逆に、個人情報保護法が出来てしまったがために、以前ならあまり問題にならなかったようなことにさえ、急に誰もが一斉に『プライバシー、プライバシー』の大合唱を開始し始めたように感じます。人間が社会と繋がって生きている以上、公共性や以前からあったルールとの整合性を良く考えて、医療や福祉の分野にあった個人情報保護の方法を個別に考えて新たな決まりを作って行くべきだと思います。

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