2006年5月10日
先日、書店で面白い本を見つけました。『ゴーマニズム宣言』などで有名な漫画家小林よしのりさん(私と同じ世代には、「東大一直線」や「おぼっちゃまくん」なんかでも有名ですね)の書いた『目の玉日記』という本(マンガ)です。
小林さんは1953年生まれですから、まだ今年で53歳ですが、昨年両眼の白内障手術を受けられたそうなんです。白内障というと、一般的には“老人性”白内障が殆どで、50歳台というのはちょっと早いのですが、色々な合併症に併発する白内障や原因不明のものも含めて、50歳台で手術というのもそれほど稀ではありません。この本(マンガ)は、小林さんが白内障と診断されてから手術が終わるまでを描いた、『医療マンガ』とも言えるもので、業界人にとしては大変面白い本でした。眼科医から見て何が一番面白かったかというと、手術の前に手術を受けることを決心する過程で、小林さんが医師に何を期待しているのかが率直に述べられている点でした。
近年の白内障手術は、安全性と手術成績が向上したため、視力の数字がさほど悪くなくても患者さんの自覚症状と本人の手術希望を重視して手術の時期を決める傾向にあります(当ホームページの『日帰り白内障手術』のページをご参照ください)。したがって、患者さんには、
「あなたの白内障の程度はこれこれで、手術したら霞みも取れてかなり見えやすくなりそうですが、別に今手術しなくても手遅れになるほどではありません。ただ、目薬では良くなることはないので、少しでも見え方を改善させたければ、いつかは手術するしかありません。どうしますか?」
というような説明になって、今手術を申し込むかどうかは患者さんに決めさせる形を取る、というのが最近の全国的な傾向だと思います。
小林さんはこのような傾向を、
「医者は『説明責任』を果たすだけ。患者が『自己決定』して、手術の結果には『自己責任』を持たねばならないと最近は言われたりもするが、患者に決断(自己決定)を委ねるのは、患者に責任を転嫁するという医者の思惑もある。」
「だから、わしに『自己決定』だの『自己責任』だのしゃらくさいこと言わないで欲しい!わしに信用させて、わしを丸ごと引き受けて安心させて欲しい!わしは、あえてアホな患者でいるから、医者は責任、持ってくれ!」
と書いています。実際に小林さんの手術をした先生は、初診時に彼に対して「なんでこんなになるまで放っておいたの?とにかく早く手術しないとだめだ。」とボロクソに言った後に、「うちに来たことを後悔させないから。必ず見えるようにして帰してあげる。」と言い、手術を決心する殺し文句になったようです。その意味では患者としての小林さんとこの先生は相性がぴったりだったのかもしれません。
当院の患者さんでも、色々と説明しても「私ら素人にはよう判りませんけえ、先生がもう手術した方が良いと思われた時期に手術して欲しいんで、その時は言って下さい」と言うお年寄りがいます。いくら「あなたが見えにくくて困りだしたら手術します」と言っても「先生が決めて下さい」の一点張りなので、結局そうさせてもらいましたが、小林さんのようなインテリの論客(右翼という言われ方もしますが、私は「朝まで生テレビ」などでの彼の意見は嫌いではありません)でもこのような考え方をすることが面白く感じました。でも、「初めて受ける手術のことを自分で決めろって言われても困る」っていうのも、ある意味で正論だと思います。
私が勤務医だった頃、アルバイトで田舎の開業医の先生のところで白内障手術を請け負っていました。その先生はご高齢の女医さんで60歳を過ぎても自分で手術もされていた勉強熱心な尊敬できる先生でしたが、心臓を悪くされてから、依頼が来て私が出張手術していました。手術予定日の前週に術前診察をするのですが、あるおじいさんが手術が怖かったのか、「先生、やっぱり手術はどうしてもせんといかんのですか?」と言われました。すると、患者さんの横に立って診察につきあってくれていたその女医先生が、患者さんの後頭部を軽くペシッと平手で叩かれ、「なに言ってんの!長年あなたを診ているこの私が手術した方が良いって言うんだから、この先生にお任せしてやってもらわないとダメよ!」と言い放ち、「やっぱりそうですかー。判りました。」となって手術して、結果的にはすごく喜ばれました。インフォームド・コンセント云々、ということがうるさく言われる昨今においてはなかなか出来ることではありませんが、ある意味では理想的な医者と患者の関係に見えたのを思いだしました。