2006年6月16日
小泉内閣が行ってきた“改革”にも色々ありますが、少なくとも医療に関わる改革は、結果的にほとんどすべてが“改悪”であったというのが、私の意見です。医学教育、医師の養成の面で大きく変わったものに、国立大学の独立行政法人化と卒後スーパーローテーション研修の義務化というものがあります。
医学教育や先端医療の研究という分野は、非常にお金がかかる分野で、採算性を求める事自体に無理があります。高コストの最先端の医療を日本のような国民皆保険制度で国民に平等に供給しようとすると、当然赤字になります。私が研修させてもらった京大病院などは、昔は年間20億、30億円の国庫補助金を貰って、ハイレベルの診療、研究、教育が行われてきました。国立大学の独立行政法人化によって、「採算性を考えての診療をしなさい」、「ほかの研究機関競争に打ち勝って自分で研究費を獲得して来なさい」という傾向がどんどん強まってきています。その結果何がおこりつつあるかというと、患者数の多い都会の大学病院、人材豊富で競争的研究費を獲得するのに有利な旧帝大などの有名大学などにさらに人とお金が集中し、強い大学医局はさらに強く、そうでないところはさらに衰退していくという二極分化です。この辺は、小泉改革によって日本がアメリカ型の格差社会になって来ているという一般社会と同じことが、大学の医局におこりつつあるといえます。
また、医学部を卒業して医師としての一人前になるための修行を開始するにあたって、実は今までは研修が義務づけられてはいませんでした。医師国家試験を合格しただけでいきなり開業しても法律的には何のおとがめもなかった訳です。しかし、学生時代に全科目を勉強して国家試験に合格しても、実地経験がないと何の役にも立ちませんので、今まではどこかの大学医学部の医局(○○大学××科学教室など、の単位を業界では“医局”といいます)に入局して、医者としての実地の修行をしていた訳です。以前から一部の大学や総合病院では、研修医向けの独自の教育プログラムを組んでいて、研修中は複数の科(例えば内科と麻酔科と眼科、とか)を回っていたのですが、ほとんどの卒業生はどこかの大学病院の特定の診療科の医局に入局し、自分の選んだ専門科の研修しか受けないのが大多数を占めていました。これが2年前からスーパーローテーションといって2年間は全員がどこかの病院で複数化を回って広い実地経験を積むことが義務づけられました。この制度は、今まで医師派遣を地元の大学医局に頼って来た総合病院にとっては大きなチャンスで、医学生に魅力的な待遇、研修プログラムを用意して研修希望者が集まってくれば、大学医局に頭を下げなくても自前で若手医師をゲットできる大きなチャンスとなった訳です。それでこの制度が始まってから、実際にある地方の国立大学では、今まで卒業生の7割以上が自分の出身大学のどこかの医局に入局していたのが、3割ぐらいしか残らなくなって、残りは都会の総合病院などに研修医をとられる事態になってしまいました。
ちょっと一般の方には判りにくいかもしれませんが、結局何が起こったかというと、地方の大学の医局には新人の研修医がいなくなり、医局の予算も少なくなりました。離島や僻地の病院には、若い医師たちは行きたがりません。でも昔ならば医局のピラミッド型システムの中で、教授の人事の命令は絶対ですから、逆らえずに嫌々でも田舎の病院に赴任する医師はいた訳です。が、このスーパーローテーションが始まってから2年間はローテーション中の研修医の人事権は教授にはなく、2年後も大学医局に入局する人自体が激減し、田舎の病院から頼まれても、派遣できる医師が医局にいなくなりました。今、地方の病院では産婦人科、小児科をはじめとして、常勤の医師が欠員となっている病院がどんどん増えていっています。
このままの医学生の卒後研修制度が続いていったら、新人医師の多くは都会の市中病院の内科などに集中し、地方の特に僻地の病院には医者がいなくなってしまいます。地方大学の医学部医局は予算も獲得できず、地方の関連病院から頼まれても派遣できる医師もなく、地域医療の空洞化が進行していくでしょう。このまま放置すると、数年以内に、「妊娠したはいいけど、出産を引き受けてくれる病院が見つからないのでしょうがなく自宅出産するしかない」なんて事態が、冗談でなく、地方都市では起こりうると思います。医療制度が医師個人のためでなく、患者や社会のために存在することを考えると、各診療科と地域ごとの適正入局者数を全国レベルで分散、平均化して調整できるシステムを確立することが緊急の最重要課題だと思います。
私見ですが、旧来の教授を頂点とする医局制度は、いろいろな問題もありましたが、いい面も多かったと思います。実際に若い医師が行きたがらないような田舎の病院でも、教授の一声で「2年我慢して行って来てくれ。困ったときは医局でバックアップするから。」なんて言われて、なんとか欠員にならないで回って来たことで、地域の医療が崩壊せずにきた訳ですから。
(ただ、まれにそれを逆手に取って、若手医師派遣の見返りに賄賂を貰ったりする教授たちがいたので問題だった訳ですが。それも私に言わせれば、あれだけの生存競争に打ち勝って、ピラミッドの頂点の教授の座を勝ち取った人に、あの給料はないでしょっ!!って思ってしまいます。大変ですよ、小学校の頃からの受験戦争に勝ち残って医者になって、さらに何百人の医者の中の競争に打ち勝って、大学医局の教授になるって。あれで、いくら公務員とはいえ、あの給料では。せこい賄賂を貰わなくても、余裕で暮らしていけるぐらいの保証はあってしかるべきだと思います。でも、そのためには、教授にいたる選考過程の透明性と、教授になってから何もしない人はその席を失うぐらいの厳しさは当然必要とは思いますけど。)