2006年10月3日
この10月1日から高齢者の医療費負担の制度がまた変りました。医療分野では、現役並み所得がある70歳以上は外来通院での窓口負担が2割から3割に上がりました。
今までの歴史を振り返ると、国民皆保険制度が1960年代に始まってから、1973年には無料化されていた老人医療費の自己負担金ですが、80年代に入っての国家財政の悪化から、その後コロコロと制度が変更になるたびに窓口での負担金が増やされてきました。80年代から90年代にかけて、毎月定額400円から始まってどんどん値上げされ、私が開業した1998年頃には確か外来受診一回500円に薬剤費も上乗せされ、2001年からはついに老人も定率1割負担が導入されました。そしてついに今回の最高3割負担です。
病気がちの高齢者の中には一つの病院だけでなく、内科、整形外科、眼科、耳鼻科など複数の医院に通っている方もたくさんいらっしゃいますので、確かにこの医療費負担は重くのしかかっているはずです。特にここ数年、外来診療をやっていて実感されるのが、このような制度改悪の結果として、仕方なく通院を中断されている方が増えていることです。慢性疾患で薬を使って経過を診ながら治療を続けてきた患者さんが、ぱたっと受診が途絶えて、数年ぶりにかなり自覚症状が悪化してからどうしようもなくなってから再受診してこられた、というケースがよく見られます。そこで治療を再開することで何とかなるケースばかりならいいのですが、残念ながら病状の進行で、もう元には戻りません、となる病気もあります。
眼科領域の病気でいえば、このような治療中断が取り返しのつかない結果を招く可能性が大きい病気の代表選手に『緑内障』があります。緑内障は目で見た情報を脳に伝える『視神経』が障害されて視野が狭くなる病気ですが、怖いのは狭くなった視野が治療で改善はしない、という点です。つまり治療の目的は進行させない、失明させないということであり、「完治しましたからもう来なくていいですよ」とはならない病気なのです。治療は点眼薬で眼圧を下げることが中心になりますが、点眼を続けているだけでは安心とはいえません。眼圧が同じくらい下がっていても、人によって進行が止まる人とそうでない人がいますし、何年かの経過中に薬を使っていても眼圧が再上昇してくるケースもよくあるからです。
ご高齢の患者さんがよく、『あっちもこっちも悪くって○○医院にも××病院にもこれから行かなきゃいけんので大変です』とよく言われるのですが、そのときに『その目薬なら、うちで出してあげるよ』と言ってくださる内科など他科のお医者さんが時々おられます。私はこれを『悪魔のささやき』と呼んでいます。その先生もたぶん悪気は全くなくて、患者さんの出費が少なくすんで喜んでもらえたら評判もいいし、と軽い気持ちで『たかが目薬だし』っていう感覚で処方されていると思います。患者さんも内科に通院するだけで眼科の治療も受けられてありがたい、と感謝します。しかし、『目薬もちゃんと続けているんだから』、と患者さんも安心してしまって、何年も視力検査すらされず、片目が全く見えなくなっていることにも気がつかず、手術に適した時期を過ぎてから眼科へ戻ってこられたり、緑内障を併発して来ていることに気がつかず、『そろそろ白内障の手術を受けたいんですが、、』なんて来られたので診察してみたら既に末期緑内障でした、なんていう方が最近何人もおられました。ひどいのになると、緑内障で眼圧、視野の定期検査をしていることが判っているのに、患者さんの求めに簡単に応じて、何年かの間、だまって緑内障の薬を出してくれていた内科の先生もいました。このときにはさすがに『じゃあ、その先生はあんたの眼圧を一回でも測ってくれてたの?!視野を検査して進行がないことを確認する設備や知識を持ってるの?』とキレて患者さんに怒鳴ってしまいましたが、、、。
ちょっと私の感覚では信じられないのですが、眼科専門の当院に来て、『血圧の薬もついでに出してもらえんでしょうか』とか、『関節が痛いんでシップをくれ』いう患者さんがいます。もちろん処方しません。眼科医の私が処方しても法的には全く問題ありませんが、高血圧から起こりうる全身合併症に眼科医である私はすべては対応が出来ませんし、関節痛の原因を調べるレントゲンなどの設備もないのに勝手にいい加減なシップ薬など出したくないし、責任が取れないからです。やっぱり『餅は餅屋』なんです。例えば糖尿病の治療でも、重症になってくると、内科にかかっているからといって安心は出来ません。我々眼科医が糖尿病の3大合併症の一つである糖尿病網膜症の経過を診ていると、同じ内科医でも内分泌・糖尿病を専門にしている内科医とそれ以外の分野が専門の先生とでは、内科主治医が誰かによって網膜症の悪化率に大きな差が出ることが正直なところ、結構あるんですよ。同じような薬を使用していても、ちょっとした病状の変化に細かく対応していくことが出来る、引き出しを多く持っていることが専門家とそうでない人との違いなのだと思います。また、私の知っている限り、自他ともに認める本当の専門家は自分の専門外の分野の病気に対して適当に薬だけ出しておく、なんてことはまず普通はしません。
ちょっと話が横道にそれてしまいましたが、『薬だけならこっちで出してあげようか』という『悪魔のささやき』について行ってしまうのも、これだけ高齢者患者の窓口負担がどんどん値上げされて来た状況では、患者さんの無知ばかりを責められないと思います。やはりお金を削ると、安全性も削られるのです。このまま財政優先の政府の言いなりに進んでいくと、日本の長寿国神話が終わる日も遠くないと思ってしまいます。