院長のコラム

腎臓移植問題と医の倫理

臓器売買の問題から始まって、宇和島徳洲会病院の万波医師を中心とする『瀬戸内グループ』と呼ばれる泌尿器科医師たちが、病気で摘出された腎臓を他人の移植に用いていたという事実が次々に明るみにでて報道され、新聞紙上などで激しい批判にさらされています。新聞報道などを見ていると、このグループの医師たちのやっていることが『医の倫理』に著しく反する、医師の道を外れたことのように一方的に叩かれ、マスコミによって彼らがあたかも『悪徳医師』であるかのようなイメージで扱われていることが、私には気になります。本当にそうなのでしょうか?
問題点を整理してみると、

1)腎動脈瘤、腎結石、腎がん、尿管がん等の病気で摘出するような『傷んだ腎臓』を他人に移植した。摘出せざるを得ないほど傷んだ臓器は移植になんか使えないのでは?

2)がんに侵された臓器を移植して、レシピエントにがんが移って生命の危険が生ずるのではないか?

3)臓器を摘出された患者さん(ドナー)には、臓器からがんを取り除いて戻す等の選択肢や、摘出したものを他人の移植に使うかもしれない等の説明をきちんとしたのか?文書で同意は取ったのか?

4)移植手術を受けた患者さん(レシピエント)には病気腎の移植によって生ずる危険性もきちんと説明してあるのか?文書で同意は取ったのか?

5)このようなある意味で実験的、挑戦的な医療行為は、学会等で専門家での議論を積んである程度のコンセンサスが形成されてから、病院の倫理委員会でも承認を得た上でやるべきではないのか?

 

などが主な問題点と思われます。

 

1)に関しては、腎臓は2つある臓器ですから、片方だけが病気で傷んでいる場合は、いい方だけを残して全身的に影響が出そうな悪い方を摘出することはあると思いますが、そのように傷んだ臓器でも人工透析から解放される程度に少しでも機能してくれれば、移植を待ち望んでいる患者さんにとっては、この上ない宝物となります。2)とも関連しますが、11月14日の中国新聞に病理学が専門の広島大学の難波紘二名誉教授がこの件に関する評論を寄稿しておられます。病理の専門家の立場から見て、移植腎からがんが転移したりする可能性はほとんどなく、結石など患者の体質や生活習慣にも起因する病気なら移植後に腎機能が改善して正常に機能するようになる可能性もある、と述べておられます。

 
3)、4)に関しては、テレビでは顔にモザイクがかかった患者さんが出て来て「そんな話は手術前に全然聞いてませんでした」なんて言っている映像が出たりしてました。しかし、私を含めて医者ならば、これを素直に信じて「けしからん!」なんて思った人は少ないはずです。事前にくどいほど説明したのに、術後になって“そんなことは初めて聞きました”って平気で言う患者さんは我々の周りには日常的によくいるからです。いくら説明しても患者さんの耳や脳みそにはフィルターがかかっていて、自分にとって都合の悪い話は即座に忘れてしまわれます。それを防ぐために、家族同席で術前説明を行い、文書で同意書を取るのですが、これの目的は患者さんのためというよりは我々医師の自己防衛の意味が強いと思います。今回の「事件」では文書での同意が取られていないケースも多かったようですが、これは倫理に反するというよりもこの時代の医師としてはガードが甘すぎるということは言えると思います。でも、少なくともレシピエントに関しては、テレビインタビューに出てきた患者さんの多くが「説明は詳しく聞いてないが、たとえ聞いていたとしてもやっぱり移植を希望したし、後悔していない、感謝している」と言っておられたのが私には印象的でした。

 

5)に関しては、学会や倫理委員会での承認は、建前としてはもっともですが、一人の臨床医としては、『そんなものはクソくらえ!』という気持ちも非常によく判ります。何かあるとすぐに『医療ミスだ!訴えてやる』なんていうアメリカ的な風潮が強くなってきた現状では、このような少しでも当事者以外のマスコミ等に批判を浴びる可能性がある医療は、学会や病院の偉いさんたちは腰が引けてしまって、公的なお墨付きが得られる可能性は低く、あったとしても果てしない時間がかかります。

 

目の前にゴミ箱行きになる腎臓があり、その一方でたとえ失敗のリスクがあっても人工透析の苦しみから逃れられる可能性があるならばどんな腎臓でも移植して欲しいという患者さんがいる、そういう状況で行われた移植手術が『医の倫理』に反するのでしょうか。実は私は医学生のときに、人工透析の専門クリニックで患者さんの透析前後での血液検査を手伝うアルバイトを何年かしていたことがあります。命を繋ぐために週に2、3回、一回4時間以上も透析機械につながれて、いつも土色の顔色をして、帰りのエレベーターの中で辛そうにしゃがみこんでいる患者さんたちを見てきたので、当事者の医師や患者さんの気持ちは、私には非常に理解できる気がします。

 

ぜひ、『瀬戸内グループ』の医師たちは、マスコミの攻撃に萎縮して隠れてしまうことなく、信念があるのなら、過去のデータすべてを堂々と白日の下にさらして検証して欲しいと思います。捨てられてしまってゴミと化す運命だった腎臓が、廃物利用で苦しんでいる患者さんを救えるということが、実際の臨床データで明らかに示されれば、臓器不足の日本の現状では、『倫理に反する』どころか、患者さんに取って非常に大きな福音となると思います。何十年かしたら、『新しい発想の移植手術を開発したパイオニアの医師たち』という評価に変わっている可能性すらあるかも知れません。

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