院長のコラム

製薬会社の社会的責任

私たち医療機関には患者さんの健康を預かるものとして、社会的責任があります。要するに、『この患者さんを治療しても儲けが少ないのでこの治療は止めます』ということは許されません。医師会が、オリックスの宮内会長率いる規制改革・民間解放推進会議が主張していた『株式会社の病院経営』に猛反対した理由の一つはそこにあり、利益を上げることが存在意義である株式会社が病院経営に乗り出すと、採算性の合わない医療行為、経済的弱者の患者は切り捨てられることになるのは自明の理です。それはアメリカの医療の現状が証明してくれています。

 

もちろん当院も赤字で潰れてしまっては困るので、近年の医療費削減政策には閉口していますが、いくら保険点数が切り下げられても、『この手術は採算が合わないから止めるが、こっちの治療は儲かるので重点的にやる』という選択は決して出来ません。たとえ個々の医療行為の一部が多少の赤字でも医院全体の収支が採算割れにならない限り、患者さんのために自院で出来る必要な検査や治療を粛々と続けていくというのが医療機関としては当然の姿勢です。

 

一方で、我々がお世話になっている医薬品を供してくれている製薬会社は、もちろん営利企業です。利益が上がらなければ会社は潰れてしまいますし、新薬の研究開発費にも投資できなくなれば、医学の進歩も遅れてしまいます。昨今は、医療費削減政策のあおりを食って、『とにかく安ければいいので、後発医薬品を使いましょう』、『薬価(薬の公定価格)は頻繁に見直してどんどん安くしましょう』という風潮ですが、私は必ずしもこれには賛成できません。むしろ、製薬会社には適正な利潤をあげていただいて、より効果的で安全な新薬の開発にますます努力して欲しいと思います。独創的で画期的な新薬には開発費に見合う利潤を認めるべきだと思います(安さのみを売りにしている後発品メーカーが、安全性確保に必要な臨床治験すら行わずに、テレビCMに莫大な宣伝費をかけている現状には首を傾げたくなります)。しかしながら、営利企業といえども医療に携わる以上は、その社会的責任は一般の製造業やサービス業よりも重いものがあると思います。

 

前置きが長くなりましたが今回のコラムで述べたいのは、今年を振り返って非常に残念だったのが、複数の製薬会社から『申し訳ないのですが、この点眼薬はもう製造を中止させていただくことになりました』という連絡をもらうことが何度かあったことです。これは医薬品の世界ではそう頻繁にあることではありませんし、あって欲しくないことです。治療目的でその薬に頼っている患者さんが存在する以上、メーカーには薬を継続して安定供給する、社会的責任というものがあるはずです。

 

製造中止とする理由ですが、製薬会社の方からの説明は、結局最後は経済的な理由でした。あるメーカーの白内障点眼薬の場合は、『今の工場の製造ラインがより高い清潔度に改修するように役所から指導を受けたのですが、その要求を満たそうとすると工場の新設が必要になって、採算が取れないのでやむなく、、、。他社の同効薬に切り替えて処方していただけないでしょうか。』という説明でした((おいおい、じゃあ今まではどんな旧式な工場で作ってたんだい?他社のに切り替えて全く問題ないっていうような安さだけが売りの製品だったのなら、最初っから作らなければいいのに))。また他社の抗生物質点眼の場合の説明は、『いままで同じ工場の建物の中でこの薬の製造ラインと他の薬の製造ラインが並んでいたんですが、別に混ざったりする事故もなくその可能性もないんですが、役所から製造ラインを別の建物に分けるように指導がありまして、、、。とてもその投資に採算が合う薬ではなくて、、、申し訳ありませんが、、』というものでした。でも、その点眼薬は、国内で唯一のペニシリン系点眼薬で、同種の後発品も一つもない薬なんですけど。いくら発売から時間が経って、薬価が安い薬だといっても、他にペニシリン系点眼薬が全くないんですし、これが一番良く効くっていう病原菌もあるわけで、いったいこの会社は製薬会社としての社会的責任をどう考えているのか、と思いました。((現場のMRに文句言ってもしょうがないとは思いつつ、『採算が合わない薬を簡単に放棄しておいて、採算がたっぷり取れるはずの新薬の“○×”をよろしくお願いしま~す、なんて言っても皆むかつくだけじゃないの?期待の新薬の売れ行きに影響しなければいいですねって、会社の上の方に伝えといて!』と思い切りイヤミに言ってしまいました。))

 

製造中止になる本当の理由は詳しくは判りませんが、たとえその薬が採算が合わなくても、他の薬の利潤で埋め合わせが出来る限り、企業努力で供給し続けるのが製薬会社の社会的責任ってものじゃあないんですかね。それとも、そんなことさえ難しいほど、製薬会社の経営体力が落ちて、経済的な余力がなくなってきているのでしょうか。海外との薬剤の値段の比較を見ると、まだそこまで製薬会社も困っていないんじゃあないかと想像するんですが、もし本当にそうならば、あまり薬価を下げすぎて製薬会社の経営体力を奪う政策自体に問題があるといえるでしょう。

必要とされる薬を安定供給する以外にも、製薬会社ができる社会貢献の方法はあると思います。先日の読売新聞のサイト(最後に記事をコピーしておきます)で見たのですが、ファイザー製薬が面白いサイトを作っていました。( http://www.ntg40.jp/ )近年の疫学調査で、日本人に特に多いことが判ってきた『正常眼圧緑内障』の啓発のためのサイトです。面白いのは、PC画面を使った自己チェック式の簡易視野検査が出来ることです。眼科で行う精密検査に比べれば精度的に問題はあるでしょうが、よほど進行するまで自覚症状が出にくい病気で、たまたま検診で発見されたりすることがほとんどですから、ごく一部の患者さんでもこんなことが発見のきっかけになれば、意義のある試みだと思います。もちろん緑内障患者さんの発見率が上がれば、ファイザー製薬の緑内障治療薬も売れる訳で、営業手法の一つではありますが、単なるCMにお金をかけるよりは、よっぽど社会に貢献できる方法と思いました。

(以下は読売新聞より転載)

 


http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20061208ik08.htm

パソコンで「視野」簡易検査

 

 ホームページを使った視野の簡易検査で、7%の人が正常に見えなかったことが、製薬会社ファイザーの調査でわかった。
 簡易検査は、眼圧が正常なのに視野が狭まる正常眼圧緑内障の早期発見のため、北沢克明・岐阜大名誉教授(前日本緑内障学会理事長)らの協力で同社が開発した。パソコン画面に映った円の動き、画面の変化などをとらえ、視野が欠けていないかチェックする。三つの検査があり、左右片方ずつ、測定する。
 調査は、40~60歳代の600人が対象。3種類の検査で、いずれかに視野異常が見られたのは7%。このうち眼科の検査を受けたか、受けようと思っているのは、21%だった。
 簡易検査での視野異常がただちに緑内障とは言えないが、国内の40歳以上の28人に1人は正常眼圧緑内障といわれる。検査のホームページは、(http://www.ntg40.jp)

(2006年12月8日 読売新聞)

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