院長のコラム

白内障・眼内レンズ手術の新しい潮流と混合診療

1月末に2週連続で東京、横浜に出張してきました。最初の出張は、白内障手術に使用する眼内レンズ(人工水晶体)を作っている2つの会社が、たまたま土・日の2日連続で、今年日本に導入される新しいレンズに関するセミナーを開催したので、2日で2社合わせて7、8時間のセミナーでしたが、集中的に新しい眼内レンズについてだけ勉強してきました。

 

その新しい眼内レンズとは、『多焦点眼内レンズ (multifocal IOL)』と呼ばれているものです。現在一般に使用されている眼内レンズは単焦点レンズで、老眼までは治せません。裸眼で遠くが見えるようにすると近見用の眼鏡が必要、また逆に近くが裸眼で見えるように眼内レンズの度数を決めると遠見用の眼鏡が必要で、現在の眼内レンズでは、白内障術後もメガネなしで遠くも近くもくっきりスッキリというわけにはいきません。

 

白内障手術で眼内に移植する、直径わずか6mmの眼内レンズに『遠・近』の機能を持たせようという試みは既に10年以上前からありました。過去に日本でも認可されて売り出された多焦点(二重焦点)眼内レンズもあったのですが、『遠くも近くも見える』というメリットと引き換えにデメリットも大きく、『見え方が単焦点レンズと比べてはっきりしない、何となくぼやけている(コントラストの低下)』とか、『夜間に信号機やライトなどの光がバーッと散って見えたり、何重にも輪がかかっているように見える(グレアー、ハロー)』などという欠点があり、一時期話題にはなったものの殆ど普及はしませんでした。

 

この数年前から新たに開発された多焦点眼内レンズは、原理的には2種類あって、『回折型』、『屈折型』と呼ばれるものですが、コンセプトとしては以前からあったものと似ています。しかし、光学的設計がかなり洗練されて、従来の多焦点レンズの欠点がかなり(完全とは言えませんが)改善されているようです。既にアメリカ・ヨーロッパではかなりの数が実際の患者さんに使われていて、90%以上の患者さんでかなり満足度の高い術後結果が得られているそうです。

 

ただ、この新しい眼内レンズ、値段がかなり高いという欠点があります。アメリカでも1000ドル以上のようで、保険でカバーされない部分は自己負担となっているようです。日本での販売価格もたぶん単価が15万円前後になるのではないかという噂です。現在の日本の保険制度では、眼内レンズ代は全国一律の手術点数に含まれており、どのレンズを入れても健康保険から我々眼科医に支払われるお金は変わりません。今年の4月にまた診療報酬の改定がありますが、現時点では白内障の手術料金は約12万円です。この中にはレンズ代金、使い捨てのメスなどの材料代、機械類の償却費、人件費などすべての手術時の費用が含まれています。現時点でも、実際に手術にかかるコストからすると採算ラインぎりぎりから場合によっては赤字(http://www.ganka.jp/cat-op-cost.htm)ですので、眼内レンズ代だけで15万円となると、健康保険以外に患者さんから別途お金をいただかない限り、実際には使用できないということになります。しかしながら、健康保険から支払われる医療費とは別に患者さんからお金をいただくことはルール上は原則禁止されていて、これが最近よく話題になる『混合診療』と呼ばれるものです。

 

公的健康保険から支払われる医療費で行う『保険診療』と、美容形成などに代表される自費で支払われる『自由診療』、これを一つの医療行為の中で併用するのが『混合診療』ですが、これが禁止されているために一つでも保険適応外の材料や薬剤を使いたい時には、すべての診察料、検査料金など一切健康保険を使わずに、患者さんから全額自費で徴収しなければいけません、というルールです。今回のセミナーでもこの話題が出て、『今のところ、混合診療を避けるためには、このレンズをご希望の患者さんの診察料、術前検査、手術費用、眼内レンズ代金、メスその他の物品費、薬剤料、術後3ヶ月までの診察・検査費用や目薬代、一切合切込みで計算すると、保険診療と同等のことをやろうとすると一眼当たり45~50万円以上いただかないと赤字になります』ということでした。

 

2回目の出張は、横浜での日本眼科手術学会総会でしたが、この学会でも新しい多重焦点眼内レンズの治験結果の発表などがあり、かなり話題になっていました。また、最終日の日曜日に市民公開講座として一般の方も聴講できる、評論家の櫻井よしこさんの講演会がありました。その講演の中でも、『混合診療』は解禁を考えていいのではないかという話が出ていました。私の個人的な意見としては、『混合診療』の無条件な解禁には絶対反対です。今の風潮では、一度『混合診療』を無条件に認めてしまうと、新しい薬や画期的な医療技術が開発されても、お金がかかる治療だったら『財政が厳しいので、これは混合診療でやってください』となってしまうでしょう。そうすると、お金を持っているかどうかで、受けられる治療レベルに差が出てきます。そうすると、もし自分が病気になった時に備えて、『混合診療』の自費部分をカバーしてくれる民間保険会社の医療保険に入っておこうとする人が増えるでしょう。現在、『混合診療』の全面解禁を声高に主張する財界人の中には、その保険の利権がらみか?と思われる方がいます。外資系生命保険会社もそれを虎視眈々と狙っています。その結果、待っているのは前々回のコラムで書いた、映画「SiCKO」の世界です。

 

病気の治療の本質にかかわるところ、例えば、これを使えば明らかに生存率が上がると思われる抗がん剤の新薬とかは、たとえ値段が高くても早く審査手続きを終えて、『混合診療』など使わず、やはり公的保険が面倒を見るべきだと思います。逆にアンチエイジング(抗加齢)医療や美容形成などは今まで通り自費診療でなされるべきと思います。ただ、今回の多焦点眼内レンズのように『本質的には見えなくなった人を助けるための白内障手術で、従来の単焦点レンズで十分なんだけど、どうせ手術するのなら、出来れば術後メガネに頼らずに生活できればなお嬉しいけど、、』っていう場合は微妙なところです。老眼は加齢現象で、白内障に関係なく誰でも年を取れば老眼鏡は必要です。それをメガネがなくても遠くも近くもみたい、っていうのは一種の贅沢な願望で抗加齢医療の一つだから自費でやるべきだ、という考えもあるでしょう。ただ、ベースに白内障で見えなくなる病気の部分があり、多焦点レンズがなくとも手術が必要な状態なわけですから、その手術と診察、検査の部分ぐらいは健康保険で面倒を見て、それ以上のプレミアな部分でちょっと贅沢な機能を持ったレンズを使いたいっていう希望の人にはレンズ代金の差額分だけ負担してもらう、というのは許されてもいいような気がするんですがねー、、。

 

個人的にはこの新しい眼内レンズ、眼科手術の分野では大きな進歩であることには違いないので、希望する患者さんで医学的にも適応があれば是非使ってみたいと思っています。ただ、いくら新しい技術を使ったレンズとはいえ、混合診療禁止ですからっていう理由だけで、両眼の白内障手術で約100万円も患者さんに請求するのは、ちょっと腰が引けるのは否めません。杓子定規に『混合診療』は絶対ダメとか、全面解禁だ、とか言うんじゃあなくて、個別に柔軟なルール運用をすべきじゃあないでしょうか。

facebookオフィシャルページ