院長のコラム

多焦点眼内レンズ、使用報告

約1年前のコラム(2008年2月13日)でも紹介した、『多焦点眼内レンズ』を初めて当院でも使用する機会がありました。臨床治験段階で数多くの患者さんに使用された手術医の先生方から好結果の報告を数多く聞いて、希望される患者さんがおられれば、ぜひ当院の白内障手術でも使用してみたいと、1年以上前から準備は進めてきました。

 

しかしながら、「これはぴったりの候補者だろう」と思われる患者さんに「白内障術後にメガネなしで遠くも近くも見えるようにするための眼内レンズです」という説明をすると、最初はかなり興味を示されるものの、「この手術には健康保険が全く適応されず、検査、手術、レンズ他の材料、薬などがすべて全額自己負担になり、片眼40万円かかってしまいます」という説明をすると、多くの方が「う~ん、私はずっとメガネ使ってきたし、老眼鏡も慣れてるから、普通の保険が利く眼内レンズで結構です」という反応がほとんどでした。

 

今年になって、非常に興味を示されて、「自費でも良いので、ぜひそのレンズを入れて欲しい」と希望される患者さんがおられ、当院での第一号になっていただきました。このたび、手術も無事終了して1ヶ月以上が経過し、患者さんからの了解も得ましたので、この場を借りて当院での多焦点レンズ第一例の臨床結果についてご紹介します。

 

患者さんは60代に入られたばかりの女性で、術前は+3D程度の遠視があって遠くも近くもメガネがないとよく見えない方で、皮質白内障が最近かなり進んで霞みやまぶしさも強くなってきていました。角膜乱視も0.5D以内と少なく、多焦点レンズの候補者としては理想的な条件の患者さんでした。何よりもこのレンズ向きだと思ったのは、インテリジェンスが高く、術前の説明もよくご理解いただいただけでなく、性格が明るく前向きな方で、あれこれ悩むことも少なく、手術が近づくにつれて不安を感じられるどころか、「待ち遠しいです」と言われるのをお聞きして、このような新しい治療法にぴったりの性格の方だと確信しました。

 

多焦点眼内レンズの手術で一番難しい点は、術前検査によるレンズ度数の決定です。メガネを使わずに遠近ともに見えるっていうのが理想ですが、いくら最新の検査機器と進化した計算式を使用しても予測精度には限界があり、裸眼で1.0以上などという視力がいつも得られるわけではありません。どのような眼内レンズも度数は0.5D(ジオプター:レンズの度数の単位)刻みでしか製造されていません。これは、それ以上に細かく度数を製造しても、±0.5D程度の予測誤差は日常的に普通に出てしまう許容範囲内なので、レンズの用意は0.5D刻みでも十分という意味でもあります。しかし、患者さんが高額の自己負担をされる手術ですので、なるべく予測誤差を少なくして術後の満足度を高めたいと、我々眼科医も非常に神経を使うところです。今回も、現時点では一番精度の高い測定機器である『IOLマスター』を使用し、計算式も4つの異なる方法で度数予測を行い、万全を期しました。

 

眼に入れるレンズが異なること以外、手術自体は全く普通の白内障手術と一緒なのですが、やはり第一例で、しかもレンズ特性が偏芯などに弱く、絶対に後嚢破損などの術中合併症が許されない手術ですので、術者としてかなり緊張はしました。今回使用した多焦点レンズは、回折型レンズのAMO社のTecnis Multifocalです。

さて術後結果ですが、最初に行った左眼は若干近視寄り(-0.5~-0.75D)に誤差が出ました。2週後に行った右眼は、左眼の誤差を加味して修正し、ぴったり±0Dの結果でした。

術後2ヶ月近く経過し、現在の視力ですが、
遠見視力 右:1.5 (n. c.)
左:0.5 (1.2 x -0.75D)
近見視力 右:1.2(裸眼で30cm)
左:1.2(裸眼で25cm)

という具合で左眼がちょっとだけ近眼寄りになりましたが、非常に満足度の高い結果を得ました。(特に近見視力が裸眼で1.2というのは私からすると驚異的でした。近見視力表の1.2っていう文字のサイズは、広辞苑の文字どころでなくごま粒より小さくて、残念ながら私は自分のメガネでは見えませんでした。)

 

『多焦点レンズ』とは言っても、実際は『2重焦点レンズ』で、今回の右眼のように予測ぴったりの結果になっても、1メートル先などの中間距離の視力が良くないと聞いていました。その中間距離の視力を測定する方法として、通常の遠見視力検査と違って段階的にメガネレンズを負荷して焦点深度を測定する方法で測ってみたグラフです。

横軸の0Dのところが5mの通常の遠見視力で、右方向に『レンズ度数の逆数』が距離になります(-1Dが1m、-2Dが50cm、-4Dが25cmの距離での視力という意味です)。確かに測ってみると、右眼は遠方と30cmでは非常に良い視力が出ていますが1m~50cm程度の中間距離で1.0までは出ていません。ところが今回の患者さんは、たまたま左眼が近視寄りに若干ずれたため、右眼で見にくい1mぐらいのところは、左眼で1.0以上見えており、結果的に遠方~中間~近方まで両眼で普通に見ている時には全くメガネなしで非常に良く見える、と大変満足していただけました。

 

今回は多焦点レンズに眼の状態も性格もぴったり適合する患者さんで、非常に高い満足度を得て、第一例として非常に良い結果で私もハッピーでした。患者さんに、「片眼40万円払っても、親しいご友人などにこのレンズを入れる手術を薦めることができますか?」とお聞きしたところ、「薦めますね」と即答いただきました。今後も適応を慎重に見極めて行っていきたい手術です。

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