院長のコラム

勤務医の待遇改善

民主党に政権交代してからMr.年金こと長妻氏が厚生労働大臣になりました。医療崩壊を食い止めるためにも、ここは自民党時代とは違う、コストカット優先でない思い切った医療政策をとっていただきたいと期待しています。

 

ちょうど来年春は2年ごとの診療報酬(どの検査や手術がいくらっていう医療の値段)改定の時期に当たり、診療報酬決定のプロセスにも大きな変革がありそうです。この決定には、『中医協:中央社会保険医療協議会』という厚生労働大臣の諮問機関で行われる議論が大きく影響するのですが、今までは主に開業医の団体である日本医師会の代表が数名入っていました。しかし、日本医師会はずっと自民党の支持団体で、このたびの政権交代により日本医師会の代表委員が全員、中医協からはずされました。その代わりの医師側代表として、総選挙前から日医の意向に反して民主党支持を表明していた茨城、京都の地区医師会の関係者と山形大学医学部長が中医協委員に選ばれました。私は日医代表がはずされても、別に良いと思っています。患者と医者ってのは対立軸ではなくて、最終的には患者にとって良い政策は医者にとっても良いはず、医師側が疲弊していくような政策は結局、医療レベルの低下となり患者にも不利益となると思うからです。

 

今回、長妻大臣も『長年自民党政権下で続いてきた医療費抑制政策は転換する。特に勤務医の待遇を改善できるような診療報酬を考えていく』と言っていました。これも非常に結構なことだと思います。是非そうなるようにしていただきたいと思っています。しかし、勤務医の待遇を改善、とかいう話になると、必ず出てくるのが勤務医と開業医の所得を比べてみると、、っていう話です。2年ごとの診療報酬改定の時期が近づいてくると、たぶん厚労省のお役人がどこかから引っ張りだした統計をマスコミに敢えてリークするのでしょう。2年ごとにお約束事のように出てくるニュースなので,(またかよっ!)てな感じですが。以下に引用してみます。 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20091030-OYT1T01136.htm

 

『開業医の年収、勤務医の1・7倍…厚労省調査
厚生労働省は30日の中央社会保険医療協議会(中医協)で、医療経済実態調査の結果を報告した。
6月の時点で、開業医である一般診療所の院長の平均月収は約208万円で、病院勤務医の123万円の1・7倍だった。2008年度の平均年収でも、一般診療所院長は約2522万円で、病院勤務医の1450万円の1・7倍だった。
(2009年10月30日21時35分読売新聞)』

 

これだけ見ると、(開業医って儲け過ぎ、勤務医って忙しそうなのに、かわいそう!)って思いますよね。だけど、これだけの数字を報道するのはすごく意図的で卑怯ですね。私たちから言わせれば、

  • 開業医は少なくとも普通は10~20年、勤務医を経験してから開業している。最近の統計では開業医の平均年齢は約60歳!大多数の勤務医は(院長や部長をのぞけば)30−40歳代が中心ですから、年収が違って当たり前。
  • 勤務医は言わばサラリーマン。開業医は中小企業の経営者。背負っているリスクが比較にならない。
  • 一口に一般診療所といっても、個人経営の非法人なら、支払いを済ませて残った部分は院長の収入となるので、一見かなり高収入。でも、開業時の銀行からの借金返済もそこから払うし、本当の手取りはそこまで多くない。 逆に医療法人ならば、院長も決まった月給をもらう給与所得者。この統計はそれを意図的にごちゃ混ぜにしている。

この数字で比較すること自体が変でしょう!それに大体が、診療所医院の院長の収入が勤務医の収入よりも多少多かったとしても、例えてみれば、安定した1部上場企業の若手サラリーマンの手取り給与が、潰れるリスクさえ負うている高齢の中小企業の社長の収入よりも少ない、ってのが問題になりますか?せめて比較したいのなら、病院の管理職である病院長と診療所院長の給与とを比較するのでなければ、釣り合いが取れないでしょう。

 

たしかに激務の勤務医の給与は、自分の過去を振り返っても、少なすぎると思います。しかし、開業医の収入とそのことは別問題です。最近の長妻大臣の発言を見ていると、彼もその辺は理解していただいているようなので、心配はしていませんけどね。でも診療報酬のちょっとした改訂、例えば今議論されているように、病院の再診料を診療所の再診料よりも多少高く設定するぐらいで、勤務医の給与が上がるでしょうか?たぶん、そんなことぐらいでは給与には反映されて来ないでしょう。なぜかというと、それこそ先頃厚労省が発表した医療経済実態調査によれば、09年度の1病院当たりの収支は、195万円の赤字でした。ですから、ちょっとぐらい病院向けの診療報酬を増やしても、まずは赤字補填に回されるのが関の山です。

 

じゃあ、どうしたら良いか。何年か前から提唱され、前大臣の舛添さんの時代にも検討されていたようですが、『ドクターフィー』の導入を考えても良いんじゃあないかと、私は思います。要するに今の健康保険制度では診療報酬は全額病院に支払われ、どれだけ技術を持った医師がどれだけ無茶苦茶に働いても給与には直接跳ね返ってきません。そこを例えば、患者さん一人診たらドクターの給与にこれだけ上乗せして払いなさい、と決めるわけです。アメリカなどはかなり極端で、病院からの請求書とは別にドクターからの請求書が届きます。私の知っている有名な眼科のドクターなんかは、『私の網膜剥離の手術料は最低1万ドルからです』って言っておられました。平等な医療を提供するためにも日本ではアメリカのようにする必要はないと思いますが、馬車馬のように働かされている日本の勤務医の場合は、たとえ患者さん一人当り数百円でも相当なインセンティブにはなると思いますよ。

昔から大学病院や大きな総合病院では、『教授や部長が手術しても、研修医が手術しても料金同じだし、何百例手術しても給料一緒だしなぁー』って、ベテランのセンセイ達がぼやくのが常でした。たとえ小さな額でも、『ドクターフィー』を導入して、例えば指導医や専門医資格の有無とか経験年数で値段に差を付けるとかすれば、少しは勤務医の疲労感も和らぐのではないでしょうか。こういう制度は細かく難しく検討しだすと、『その算出根拠は?診療科別の平等性は?』とか言い出して実現できないんです。最初は微々たる額でも、数段階のおおざっぱな決め方(医師が不足している科の単価を上げたり)でも良いんじゃあないでしょうか。ぜひ、医療崩壊をくい止めるために、勤務医が長く仕事ができるように、検討してもらいたいですね、長妻さん!

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