2010年1月26日
2010年になって初めてのコラムですが、今年はどんな年になるでしょうか。広島カープも野村さんを新監督に迎えて頑張って欲しいですが、投手陣の柱と期待していたルイスが抜けてしまい、厳しい船出だと思います。打撃陣もあまり新戦力がないのですが、個人的には職人・前田に最後の一花をなんとか咲かせて欲しいと祈っています。前田選手を一言で表すとすれば、『プロとしてのプライドの固まりのような人』だと思います。我々の世代のおじさん達に前田選手は根強い人気を持ってますが、ホームランを打ってベースを一周しながら、今の打撃に納得がいかずに首を傾げて原因を考えている、そんな彼の職人的な姿勢に惚れたファンが多いからではないでしょうか。ともすれば、結果が出れば良い、儲かれば良い、一般大衆受けすれば良い、とかいう風潮が主流になりがちなこの世の中で、自分の納得いく理想のバッティングを追い続ける前田選手の求道的な姿勢が日本人の心をつかむのだと思います。
私たちの医療の世界でも、医者としてのプライド、自分としてはここだけは譲ってはいけないという一線が誰でもあると思います。例えば我々のような白内障手術をしてる眼科手術医であれば、今の白内障手術は技術料と材料費が全く分けられておらず、どのような手術方法でも、どういう医者が手術しても、どの眼内レンズを使用しても(多焦点レンズのような保険適応でないレンズ以外なら)、手術料金は全く一緒です。要するに、小切開対応の折り曲げ可能なレンズだろうと、その半額以下で買えるが2倍以上の切開サイズを必要とする旧式の眼内レンズを使おうと手術料は一緒です。それでも、値段とか利益とかそういうレベルのことは考えずに、その患者さんの眼にとってベストの結果が得られるであろうレンズの種類を選んで入れる、ってのが最低限の眼科手術医のプライドです。(念のため断っておきますが、値段の高い眼内レンズがその患者さんに取ってベストな選択でない場合もあります。当院で良く使う非球面レンズよりも、眼の状態によってはそれよりも安価な球面レンズの方が良い視力を期待できる場合もあるのです。)
最近当院で手術を受けられた方で、両眼の強度近視(メガネなしだと眼前数cm前でピントが合うようなド近眼)で、両眼白内障なんだけど片方が特に重症という患者さんがおられました。まず視力が大幅に落ちていた方の目を手術しましたが、こういう場合は白内障を治すだけでなく、眼内レンズの度数を計算して術後の近視度数もうんと弱くしてしまうのが普通です。この患者さんも術後に50cmぐらいがよく見えて裸眼で近業がしやすい軽度の軽い近視にする予定で最初の眼を手術し、予定通りの結果が得られました。ただ、2週間後に予定した反対眼の手術が終るまでは、片方がド近眼、片方が軽い近眼(専門的に度数で言えば、-10Dと-1.5D)となり、左右が非常にアンバランスです。しかも反対眼はド近眼のメガネでまだ(0.9)以上の視力が出ます。患者さんにも術前によく説明し、『両眼の手術が終るまでは、今までのメガネでは手術が済んだ眼はピントが合わないし、メガネなしの場合は手術した方がそこそこ見えます(裸眼でも手術前の矯正視力以上は見えていました)が、手術が済んでない方はメガネなしだとよく見えません。かといってメガネで両眼を矯正しても度数が違いすぎて、見る対象物の大きさが極端に違って見えますから、到底両目を同時に使ってみることが出来ません。だから、両眼の手術が終るまでは我慢して、メガネなしで手術が済んだ方の目だけで見るか、今までのメガネをかけて手術してない方の目を使って見るか、どちらかです。』とくどいほど言っておきました。ところがやはり1眼目の手術後に、『メガネがあわない』と言われたので、『そうですよね。手術前に説明した通りです。でもいまメガネを作りなおしても、両眼の同時視は出来ませんし、来週の手術が終ったらすぐに借りのメガネをあわせれば良いので、ちょっと我慢してくださいね』と説明しました。ところがどっこい、その足でメガネ屋さんに行かれたようです。シロウトの患者さんですから、こっちの医学的説明(不同視だから今の時点で眼鏡をあわせても、両眼の同時視が出来ないのであまり意味がない)が理解してもらえず、『片方ずつ測った時に視力が出てたのだからその度数でメガネを作って欲しい』と、ある眼鏡店さんで言ったらしいのです。もちろん、手術してまだ数日しか経ってないと伝えたそうですが、、、。で、そのメガネを作って、かけて来られました。我々の業界人ならば、これがどういうことか判っていただけると思います。プロの眼鏡屋さんならば、術後数日で眼科医の処方もなしに来店された方に、求められるままに何ら説明なくこのようなメガネを作って、平気で販売することは普通はしないと思います。十分に医学的知識もない、シロウトの眼鏡店員が作って販売してしまったのならばまだ救われますが、不同視を理解しているベテランの店員がやったのならば、詐欺に近い行為です。ちょっと呆れましたが、患者さんの目の前でボロクソに言いたいのをぐっと我慢しました。眼鏡店は眼科医にとっては、ある意味パートナーのような関係と思っておりますが、このようなプロとしてのプライドが感じられない眼鏡店は、ちょっとパートナーとは考えたくないと思ってしまいます。
この眼鏡店は、以前にも信じられないことを何度かしてくれています。昔に片方の目を怪我して眼球摘出の手術を受けて義眼をはめておられる高齢の患者さんがいました。残った大事な唯一の眼が白内障になって手術を受けられて視力回復し、術後に落ち着いた時期に眼鏡処方をしました。遠くにピントをあわせて眼内レンズの度数を決めていましたので、遠近両用の眼鏡処方ですが遠用部分はほとんど度数がゼロに近いものでした。反対の眼は義眼で視力はないので、この度数なら外見上の違和感もないので、義眼の方の眼鏡レンズは素通しの度数なしで左右同じ色だけつけて、という処方箋を書きました(もちろん片方義眼なので、と明記しています)。ところが出来上がってかけて来られた眼鏡をレンズメーターでチェックすると、両眼に遠近両用のレンズが入っています。この眼鏡店さんは以前から患者さんが『遠近別に2つに分けて作りたい』と言っても半ば強引に高い遠近両用の累進焦点メガネを薦めるお店で、おそらく累進焦点レンズの方が単価が高くて利幅が大きいからだと思っていました。しかしさすがに、義眼に高い眼鏡レンズを入れてきたので私も頭に来て、その場で電話をかけました。
『何で私の処方箋通りに作らない?』
「いえいえ、私どもはいつも先生方の処方通りにお作りしています」
『そんな言い訳はいいです。処方通りでないのはもう判っていること! 今、私が怒って電話してるのは、これで両眼分、2枚分の高いレンズ代を患者さんから取ったのか、ということだ。聞きたいのはその一点、どうなんだ?』
「ちょっと、お待ちください、、、、。両眼分でお金、いただきました、、。」
『それって詐欺的じゃない?じゃあ、今から帰りに患者さんにお店に寄っていただきますから、片方分のレンズ代、間違いなく返金してあげてください!!』
というやり取りで、患者さんには、『メガネ代が取られすぎているから電話しておいたので、必ず返金してもらってください』、と説明しました。多少の専門技術を持っていても、こういうモラルのない方をプロとは呼びたくないですね。(ところがこの患者さん、非常にいい人過ぎる方で、次回受診された時には『ありがとうございました。先生に言っていただいて、お金が戻ってきたので、もう一つメガネを作ってきました』って、おっしゃられたので、〈あなたねぇ、騙されてたのに、お人好しにもほどがある、、〉とずっこけました。)
新年早々、批判的でダラダラと長い文章になって申し訳なかったですが、たとえどの分野でもプロである以上はプライドを持った仕事をしたいですね。確かにプロとしてはその仕事で飯を食っているわけで、赤字垂れ流しは逆にプロ失格ともいえますが、魂を売り渡すような仕事をしてまで利潤を追求したくないものですね。『お客様は神様です』なんて言葉がありましたが、患者さんの健康を守る我々の仕事は、たとえ一時的には患者さんの意に添わないことであっても、患者さんの求めにいつも応じるだけでなく、時には嫌がられることであっても、『これが患者さんのためだ!』と信ずることを押し通す、ある意味で頑固なプロ根性が許される分野であり続けて欲しいと思います。
(『それはどこのメガネ屋だ』ってのは武士の情けで聞かないでくださいね。どうしても知りたい方には個人的にこそっとお教えします(笑))