院長のコラム

2011年を振り返って

このコラムの更新をさぼっているうちに、もう年末になってしまいました。
この1年を振り返って一番大きな出来事は、やはり東日本大震災、それに引き続いた福島の原発事故でした。あまりに生々しい、津波に家や車が飲み込まれて行く映像や、原発建屋が水素爆発で吹き飛ぶ映像は、決して忘れることが出来ない記憶となっています。まだまだ復興や事故収束には時間がかかりそうですが、同胞として被災者の方々のことを忘れることなく、支援して行ければと思います。

また、震災被害や電力不足に加えて、急激な円高によって日本経済も不況が続き、なかなか明るい兆しが見えてきませんが、日本だけでなく欧州各国で深刻化した財政危機、議論される割に不透明感が強いTPP交渉参加問題など、来年も日本を取り巻く情勢は厳しそうだなぁ、ということだけは間違いなさそうです。

中東各国に広がった民主化運動『アラブの春』も今年のことでした。経済格差が広がって国民の不満が爆発しそうな中国では、この民主化運動の行方をずいぶん警戒していたようですが、さらに先日は北朝鮮でも独裁者・金正日の死去によって今後の朝鮮半島、東アジアの情勢にも不安定要素が増してくるように思います。

さて、当院にとっての2011年ですが、このホームページの設備紹介のところにも載せましたが、新しい検査機械として『ウェーブフロントアナライザー』を導入しました。一口に『目が霞む、ぼやける』と言っても、近視や乱視など眼鏡やコンタクトレンズなどで矯正したらはっきりと見えるものから、水晶体がまだらに濁っている白内障や角膜の微妙な歪みや濁りのために眼鏡などで矯正してもぼやけているものまで、色々な原因があります。その眼鏡で矯正できない歪み:高次収差を測定して数値化するという、ちょっと判りにくいですが最先端の眼科診断装置です。

測定した収差から、患者さんが実際にどのような見え方をしているのかをシミュレーションする機能もあり、『視力検査で輪が三つ重なって見えるんですけど、、』なんていう患者さんからの訴えも、実際にシミュレーション画像で見ると、『ああ、こういうことを言っておられたのか』と納得できることもありました。また、白内障の術前検査としても、患者さんごとに微妙に異なる角膜の球面収差を測定して、この患者さんには非球面レンズの方が良さそうだとか、今まで以上に眼内レンズ選択をカスタマイズすることもできるようになりました。

白内障手術といえば、今年は私を信頼してくださる近隣の先生方からの紹介などで手術希望の患者さんが増えたこともあって、夏前には手術申し込みから実際の手術まで5ヶ月待ちという事態になってしまったので、10月半ばから月曜日の午後も休診として白内障手術件数を増やしました。システム変更で慣れるまで大変でしたが、職員一同頑張ったおかげで手術待ち期間は、現在3ヶ月弱程度にまでは短縮できました。手術前後の検査や説明も増えたので、外来が忙しくなって診察の待ち時間が増えたりと、これもまたご迷惑をおかけすることがあるのですが、来年も頑張って、多くの患者さんに少しでも早く、より良い視力を取り戻していただけるように努力して行きたいと思います。

最後に、個人的には今年の大きな出来事としてあげておかねばならないのが、コンピュータのMac、iPhone、iPod、iPadなどを作っているアップル社のCEOだった、Steve Jobsが亡くなったことです。私は医者になって初めて買ったコンピュータこそNECでしたが、京大の大学院生時代にアメリカ留学から帰国した先生が使っていた初代Macを見た瞬間に魅せられてしまい、それ以来20年以上に渡ってコンピュータはMacだけを買い続けてきました。今までに購入したマシンは15台以上になります(半数ぐらいは現役で動いており、ほとんど一部屋に一台という状態です)。そのほかにも歴代のiPodやiPadも愛用し、携帯電話も発売以来、iPhone一筋です。何故これほどまでにアップル製品に愛着を感じてしまうのか、自分でも明確に説明できない部分がありましたが、Steve Jobsが亡くなってすぐに出版された伝記『スティーブ・ジョブス I・II』(ウォルター・アイザックソン著:講談社)を読んで、何となくその理由が判ったような気がしました。この本の中に出てくるJobsの言葉を以下に引用します。
「顧客が望むモノを提供しろ」という人もいる。僕の考え方は違う。顧客が今後、なにを望むようになるのか、それを顧客本人よりも早くつかむのが僕らの仕事なんだ。ヘンリー・フォードも似たようなことを言ったらしい。「なにが欲しいかと顧客にたずねていたら、『足が速い馬』と言われたはずだ」って。欲しいモノを見せてあげなければ、みんな、それが欲しいなんてわからないんだ。だから僕は市場調査に頼らない。歴史のページにまだ書かれていないことを読み取るのが僕らの仕事なんだ。
そうなんです、使って行くと『そうそう、こういうのが欲しかったんだ』と気づかされることが多いんです。

Macを使った人ならば判ると思いますが、アップルの製品群は非常に細かいところまで洗練されたデザインや、基盤など見えないところにもこだわった美的感覚(そういえば初代マックには筐体を開けないと見えないところに開発者のサインがしてあったと記憶しています)、ソフトウェアの直感的な操作性の良さ、GUI、マウスによる操作などを初めて採用した先進性など、すべてにJobsらのこだわりが反映されていて、単なる工業製品とは思えない“アート”に仕上がっています(一時期アップルからJobsが追放されていた時代の製品群は必ずしもそうではありませんでしたが)。また、アップルがiPodの発売後に始めた音楽のネット配信、iTunes Storeは音楽業界そのものを変えてしまったと言っても過言ではないでしょう。iPhoneによる携帯電話の変革も然りです。Jobsの先見性なくして、現在のこのような状況はなかったと思われます。

昔から医学分野の人たちの間では、Macのシェアはかなりあったと思います。眼科医でも、私の周りだけでもかなりの数のMacユーザーがおられますが、やはり、その芸術性ともいえるようなこだわりがこの業界の方たちに受けているのだと思います。よく、アメリカ人の眼科の手術医達が好む言い回しに、”state-of-the-art operation”という言葉があります。直訳すれば『芸術の域に達した手術』とでもいうのでしょうか、まあ『こだわりの(最新の)手術』という感じですかね。手術結果には直接影響しないような、非常に細かいところにまで気を使う、手術に芸術性までも求めてしまう、そういうところが職人的な手術医にはあると思うのですが、その辺に医師がMacを好む感覚と共通するところがあるのではないか、と私は感じています。Jobsを失ったアップルが今後どのような製品を発表して行くのか、ちょっと不安に思ったりしますが、その精神だけは受け継いで行ってもらいたいものです。

“Stay hungry. Stay foolish.” 
私もこうありたいと思っています。

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