院長のコラム

レーザー光凝固装置を更新しました

「レーザー」と言った時に、皆さんは何を連想されるでしょうか。「レーザー光線」という呼び方もありますが、なにか強力なエネルギーを持った光を使った武器のようなイメージではないでしょうか。LASERの語源は、英語の「Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation」(光放射の強制誘導放出(放出とは一点に絞り込んだ放射の意味)による光の増幅)の頭文字をとったものです。自然には存在しない人工的な光で、特定の波長(色)で、高エネルギーの光を作り出せることから、様々な分野で応用されています。

 

医療の分野では、レーザーが最初に応用されたのが眼科でした。1960年代のことで、アメリカで網膜剥離の手術に初めて用いられました。日本にも1980年頃から、眼科分野での導入が始まり、私が眼科医になった1985年頃には、すでに『網膜光凝固装置』として一般に普及していました。その当時に使われていたのが、『アルゴンレーザー』でしたが、その後『ダイレーザー』『ダイオードレーザー』『マルチカラーレーザー』などが開発されて来ました。上記のレーザーはすべて光のエネルギーで焼いて熱凝固する作用を網膜の病気の治療に応用したものですが、その他にも高エネルギーパルスで組織を蒸発させる『Nd-YAGレーザー』(後発白内障手術や虹彩切開術などに使用)や、近視などの手術治療LASIKに用いられる『エキシマレーザー』、LASIKの時の角膜フラップ作製に使われる『フェムトセカンド・レーザー』(最近、白内障手術への応用も始まりました)、そして瞼の皮膚切開を伴う形成手術にメスとして使われる『炭酸ガスレーザー』など多くの種類のレーザー装置が眼科医療では使用されています。

 

当院でも、上記のうち網膜疾患などの治療に用いられるマルチカラーレーザー、後発白内障の治療などに使われるNd-YAGレーザーを日常的に使用してきましたが、このたび、網膜光凝固用のレーザー装置を新しいものに更新しました。

これが新しく導入した『マルチカラー・スキャンレーザー光凝固装置』のNIDEK社:MC-500 Vixiです。このレーザー光凝固装置の特徴は、

 

1) 高出力・ショートパルス凝固に対応している:従来の方法で一発のレーザー光照射が0.2 – 0.3秒程度だったところを、0.02 – 0.03秒と短時間(ショートパルス)で高出力で凝固することによって、熱障害を与えたくない網膜内層への影響が少なく、かつ患者さんの感じる疼痛が大幅に軽減されます。

2) パターンスキャン・デリバリーシステムを搭載:あらかじめ設定したパターンで自動的にレーザー光が照射される。つまり今まで照射1発ごとにフットスイッチを踏んでいたのが、1回踏むと3×3とか4x4とか複数のスポット照射があらかじめプログラムした形状に行われるため、正確にしかも短時間に多数のスポットを照射でき、治療時間を大幅に短縮できるようになりました。

というものです。

 

一番この装置の利点が発揮されるのが、糖尿病網膜症の汎網膜光凝固治療です。重症化した糖尿病網膜症は、現在においても成人の中途失明原因の上位を占める怖い病気です。内科的な血糖値のコントロールが一番重要な治療であることはもちろんなのですが、ある程度以上に進行して前増殖期網膜症になると、進行をくい止めるためにレーザー光凝固を網膜全周に行う、汎網膜光凝固が必要になってきます。今までの装置では、照射数が多くなってくると、患者さんの感じる痛みも大きく、あまり一度にたくさん凝固すると術後の網膜浮腫による視力低下の懸念もあって、片眼で3−4回以上に分割して治療することが普通でした。しかし、この新しい装置の導入によって、患者さんの疼痛も少なく、かつ短時間で多数のスポットの凝固が可能になったので、2回程度の治療で全周の凝固が出来るようになりました。また、高出力・ショートパルス凝固によって、術後早期の網膜浮腫も従来の方法より軽度で、治療による一過性の視力低下も少なくなった印象があります。他の疾患、網膜裂孔などの光凝固にも、もちろん従来通りの照射方法でも使用できます。

 

唯一の欠点が、機械のお値段です(笑)。網膜光凝固手術は、もちろん健康保険適応の手術なのですが、どの装置を使用しても手術点数(治療費用)が同じです。レーザー光凝固装置のお値段もピンキリで、今回導入したようなマルチカラー、パターンスキャンなどの機能を持たない、非常に旧式な装置ですと、数分の一程度(それでも数百万はしますが)で購入できるのですが、高い機械を使って治療しても、当院の収入がアップするわけでないのが痛いところです。しかし、今回の機種の選定に当って、数社の4機種をデモしていただいて実際に使ってみたところ、何よりも患者さんが痛がることが少なく、しかも短時間で治療を終えることが出来る、という利点は、我々眼科医にとっても治療中に感じるストレスが大いに軽減されるという何物にも代え難い大きなメリットであり、この際思い切って購入する決断をしました。

 

使用しはじめて数ヶ月が経ちましたが、良いですね。患者さんの苦痛が軽減され、眼科医の苦痛も軽減され、従来の装置に比べて非常に快適です。当院の糖尿病患者さんにとっても明らかに恩恵があると思います。まだまだ導入されている眼科施設は少ないようですが、コスト面での我々眼科医の負担が改善されれば、もっと普及していい装置だと思います。

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