院長のコラム

色覚異常検査について

『色覚異常』という言葉はお聞きになったことがあるでしょうか。昔は、『色盲、色弱』とか言われておりました。人間の網膜には、視細胞という光を感じる神経細胞がありますが、明暗を感じる『杆体』と色を識別する『錐体』があります。その錐体細胞にも3種類あり、L-錐体(赤色を感じる)、M-錐体(緑色を感じる)、S-錐体(青色を感じる)と呼ばれ、それぞれの錐体細胞が目に入ってきた光を感知した情報を脳の視覚中枢に伝えて、色を感じる『色覚』を生じるのです。

 

先天色覚異常とは、遺伝により特定の錐体細胞の異常があり、特定の色の判別が難しい状態になります。どの種類の錐体細胞がうまく働いていないのか、その程度によっても、色覚異常の程度もかなり幅があるのですが、性染色体(X連鎖性)遺伝形式をとり、日本人では男性の約5%、女性の約0.2%に認められます。先天色覚異常には程度によって1色覚(旧:全色盲)、2色覚(旧:色盲)、異常3色覚(旧:色弱)、問題がある錐体の種類によって1型色覚(L-錐体の異常)、2型色覚(M-錐体の異常)、3型色覚(S-錐体の異常)がありますが、1色覚や3型色覚は非常にまれで、通常、色覚異常といえば、2色覚や異常3色覚、1型色覚や2型色覚を指し、これらをあわせて先天赤緑色覚異常ともいっています。

 

 

色覚異常を持っている人もまったく色の判別が出来ないわけではないので、程度にもよりますが、日常生活では不自由を感じていない人がほとんどです。しかしながら、薄暗い時とか条件の悪い環境では色の誤認があり得ますし

、区別のつきにくい色の組み合わせというものがありますので、本人が自分の色覚異常の有無と程度を知っておくことは大事ですし、それを知っていることで周りの人間が配慮することも出来ます。
左の図は色覚異常の方がしばしば間違えやすい(判別しにくい)色の組み合わせです。

我々の年代が子供の頃は小学校で全児童に色覚検査を行う決まりになっていて、変遷はありましたが、2003年までは小学4年生のときに全員が色覚検査を受けていました。昔は色覚異常があると受験できない一部の理系の大学や医学部(でも医師国家試験には昔からそんな制限は一切なかったのですが)や、就職時の検査などもあったようですが、色覚での差別撤廃運動のおかげもあって、現在では一般の大学や就職時の制限は一切なくなっています。しかし、差別撤廃は結構なのですが、色覚検査そのものも廃止せよという運動が一部にあって、2003年度には小学校での一律の検査が廃止されてしまいました。我々、一般の眼科医で学校医をやっているものからすると、検査そのものまでやめてしまうのは問題が生じるのではないかと危惧し、私も自分で校医を担当している学校では、保健の先生にお願いして、保護者に通知の上で、希望者には検査をするようにしてもらいました。でも、一旦全員実施でなくなってしまうと、保護者の関心も薄れて、実際に検査を希望される保護者はごく一部という現状でした。

それでどんな問題が出てきたか。平成5年生まれの学年から下の世代では、ほとんどの児童生徒が一度も色覚検査を受けたことがありません。色覚異常の子供達はずっとその色感覚の世界で生きてきたわけで、日常不自由も感じていなければ、自分の色覚の特製に気がついていない人がほとんどです。その子達が、進学、就職となったときに、一部で問題が生じるようになってきました。船舶(航海士)や航空(パイロット、管制官)など、色覚異常があると安全上問題が生じかねない職業では、色覚異常があると資格が取得できません。

 
私が校医を担当している中学校でも、実際にそういう例があり、船舶関係の専門学校に進みたいと志望し、受験のための願書を取り寄せて出願準備を始めた段階になって、初めて受けた色覚検査で異常を指摘されて受験資格そのものがないことが判って途方に暮れた、という非常に可哀想な事例を経験しました。また、先日も職を失って新たに就職活動のためにPCの訓練を受けている若者が、『エクセル(表計算ソフト)の使い方を習っていて、一列を選択してピンク色に網かけをする、という課題で色を間違えてしまう』という訴えで相談のために受診されました。検査の結果、やはり1型色覚の異常があったのですが、彼には『自分の苦手な色識別パターンを把握して、コントラストに気をつけても識別できなければ、周囲の人に尋ねるとか、PC上の色パレットの位置で暗記するとかできないか』などということをアドバイスしてみました。

 
色覚異常は病気ではありません。異常という呼び名があるので偏見を持ちかねませんが、男性の5%というような頻度ですので、ある意味ではその方の個性の一部ともいえます。身長が高いとか、体重が重いとか、そういう個性であれば外見上すぐに判別できますので、例えば身長150cmの人が明らかに自分が不向きな相撲取りなどを志願することはまずないでしょう。しかし、色覚の個性は検査をしてみなければ、軽度の人はほとんど気がついていないケースがあります。実際にある病院の調査では、色覚異常の程度が強いお子さんの保護者の4割、軽度のお子さんでは保護者の9割が、検査結果を聞くまで気がついていなかったという報告もあります。あえて自分の色覚特性から不向きな進路(上記の航空や船舶の資格以外にも、印刷関係、ファッション関係など色覚異常の程度によっては、向いていない職業もあります)を知らないままに選んでしまって、自分自身が不利益を被らないように、検査だけはきちんと受けて自分の色認識の特性を知っておく必要はあると思うのです。

 
検査が廃止されてから、実際に上記のような問題点が多数報告されるようになり、本年度から学校保健安全法施行規則が一部改正され、『児童生徒等が自身の色覚の特性を知らないまま不利益を受けることのないよう、保健調査に色覚に関する項目を新たに追加するなど、より積極的に保護者等への周知を図る』ことが文部科学省から通知されました。日本眼科医会でも、眼科校医から働きかけてなるべく多くの児童生徒が自分の色感覚を正確に把握できるように、検査の啓蒙活動に力を入れて行くことになっています。小中学校の生徒さんの保護者の皆さんにも、もっと色覚異常について関心を持っていただき、ご自分のお子さんにも一度は検査を受けさせてみることを、私からもお勧めしておきます。

 

おまけですが、なかなか色覚異常の方の色の見え方をイメージすることは難しいのですが、スマホや、タブレット端末を用いて、シミュレーションできる無料アプリもいくつか出ています。一例ですが、

 
色のシミュレータhttp://asada.tukusi.ne.jp/cvsimulator/j/

 
あくまで電子的に三原色の一部の感度を下げるものですので、実際には軽度の異常色覚の方の見え方とはかなり違うとは思われますが、色覚バリアフリーという、色覚異常の方にも見え易い色の使い方を考える上では、役に立つツールではあると考えています。下の画像は、このシミュレータを用いてイラストを見たものです。赤の感度を0%まで下げた極端なシミュレーションではありますが、緑、赤、茶色の色使いがバリアフリーという観点からは望ましくないことが判ります。

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