院長のコラム

医療のコンビニ化

私たちの年代が子供の頃は、コンビニエンス・ストアはまだなく、銀行のATMも週末は閉まっていました。休みの前には事前にお金を下ろして準備したり、生活必需品はある程度余裕を見て買い置きしたりするのが常識でした。今やちょっとした街なら徒歩圏内に数軒のコンビニがある時代となり、夜間や週末も使えるATMさえ設置され、生活上は非常に便利になったのは確かです。しかし、知らず知らずのうちにあまりにその利便性に慣れきってしまい、生活のすべての面においてコンビニのような利便性を求めるようになってきているのは如何なものでしょうか。

 救急医療は、夜間や休日に急病になったときには必要不可欠なものです。しかし、近年、救急医療をコンビニとはき違えている人が増えてきているように感じます。実際に時間外に診療を求めてくる人に、いつから症状があったのか聞いてみると、『数日前から』などと言う方はざらにいます。『昼は仕事があるから』と言って、数日前に入った角膜異物で夜中に受診したり、何日も前から目やにの出ている子供を連れて日曜当番医に受診されたりするのは既にずいぶん前から日常的になっており、時間外診察や日曜当番医で診察する患者さんの大半はそういう方で占められています。しかしながら、日本の医療の現状は保険財政の悪化からどんどん医療費削減の方向に向かっており、どこも人員的にも余裕がなく、私的な診療所は勿論、公立病院でさえ夜間や休日に当直した医師がその翌日に代休を取れることはありません。救急医療は医療従事者のボランティア精神に支えられて来たとも言えます。

 若くて体力が有り余っていた頃、勤務医時代には夜間救急は嫌いな仕事ではありませんでした。むしろ外傷その他の緊急手術などは、たとえ真夜中でも『さあ、やるぞ!』と気の引き締まるやりがいのある仕事で好きな方でした。しかし、開業して、最近特にコンビニ感覚で受診される人が9割方を占める現場をみると、いささか萎えてくる気持ちがあることは否定できません。数年前にお正月の舟入病院の眼科救急当番に志願した時、1月2日の救急外来に、『ちょっと切らしたので、使い捨てコンタクトの処方箋を出してくれないか』と言って来た人がいました。敢えて休日に受診する必要がない方や、非常に軽症の方まで休日に集中するので、インフルエンザが流行ったその年の正月には内科では8時間待ちという事態になり、不幸にして待ち時間中に急変して死亡された方までいたと後で聞きました。

 最近、救急車の利用者も急増して有料化が検討されたり、救急隊員が昼食を取る時間さえ確保できないので、出動帰りなら店の前で救急車を止めてコンビニで買い出しをすることを許可したなどという話題もありました。利便性を求めて医療にもコンビニ感覚を期待するのは、もういい加減にした方がいいと思います。いくら行政や医療機関ががんばって救急医療の充実を試みても、増えるのは『開いててよかった』という非救急患者さんばかりで、結局、最後には本当に救急医療を必要としている患者さんがしわ寄せを受けることになるからです。

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