2005年7月1日
日本の医療制度の特徴はなんと言っても国民皆保険制度でしょう。基本的な理念としては、貧富に関係なく、国民全員が健康保険に加入し、保険証さえ持っていれば、町医者でも東大病院でも患者さんは好きな医療機関に受診でき、全国一律料金で、平等な医療が安く受けられる、という素晴らしい制度です。
しかしながら、最近は医療費総額の高騰によって赤字が問題となり、医療機関の窓口での自己負担金の割合がどんどん高額となり、また、全国一律で決められている治療費(保険点数)も2年ごとの改訂のたびにどんどん安く切り下げられて、患者さんにとっても医療機関側にとっても経済的に苦しくなっています。
小泉内閣になって、社会のどの分野でも『改革』が叫ばれ、医療の分野でも『医療改革』と呼ばれるシステム変更が持ち込まれようとしています。しかし、その『改革』の基本理念は、経済性の追求、即ち赤字を押さえて税金の投入を最小限にして保険財政を維持しよう、という一点のみが追求されています。大体が肝心の『改革』を議論している改革会議なるものに医療関係者がいなくて、議長がオリックスの宮内さんです。先頃、宮内氏の音頭で『混合診療』が導入されようとし、医師会を始めとする反対運動で一旦はつぶされましたが、その混合診療導入で一番得をするのが民間の医療保険を売る保険会社で(最近やたらとTVコマーシャルが多いと思いませんか?)、オリックスもその受益者側ですから、まさに『マッチポンプ』、民間の警備会社が警察の予算削減を議論して決めようとしているようなものです。
新聞などのマスコミで医療事故などのセンセーショナルな報道がなされるたびに、『一般の国民は、またこれで日本の医療が諸外国に比べて遅れているようなイメージを持ってしまうのかな』と思ってしまいます。例えばアメリカの医療システムの方が日本よりも進んでいるなんていうイメージだけを持っている方は多いと思いますが、本当にそうなんでしょうか。
私は10年ほど前に2年ほどアメリカに留学する機会があり、その頃は臨床を離れてYale大学医学部の研究室で基礎研究の日々でしたが、小さな子供を抱えて、患者側からアメリカの医療の一端を見るチャンスがありました。子供の急病や外傷でER(救急外来)に駆け込んだことも何度かありますが、はっきり言って医療保険のシステムから言えば、日本の方がはるかに患者にとって天国のようなものです。私のアメリカでの保険はYale大学の保険でかなり恵まれている方でしたが、けがで駆けつけた救急外来でもまず診察前に一番に確認されるのは支払い能力です。加入している保険の種類の確認、クレジットカードの提示、これがないと先に進めません。自分が加入している民間の保険の種類によっては、検査・治療に制限があり、支払い能力があることを示さなければ受けられる治療に限界があります。私の加入していた大学の保険はすべてをカバーしてくれてましたが、一度間違って請求書が届いたときには、病院からの請求書、CTなどの放射線科からの請求書、ドクターからの請求書、などそれぞれの部門から複数の目の玉が飛び出るような請求書がきて焦りました。
医学教育や先進医療の一部の分野などでは確かにアメリカを見習うべき点も多いと思いましたが、患者側から見た医療保険のシステムでは、アメリカに見習う点は殆どないように思います。ただし例外としては、大金持ちが、制限なく、どんなにお金がかかってもいいから自分には最新の医療をやって欲しい、という場合にはアメリカのシステムの方が適していると思います。
日本の『医療改革』の方向を見ていると、これから高齢化社会がますます深刻化して行く中で、どのような社会、医療環境を目指しているのか、国民に将来像の提示がないままに、すでに他の国で試みられて失敗であったことが諸外国のデータ、経験から明らかなものを、あえて日本に持って来ようとしているように思えてなりません。現状の保険制度を否定するのではなく、素直に素晴らしい点を認めた上で、どうやれば経済的にもこの世界に誇れる制度を維持して行けるのか、という視点が必要ではないかと思うのです。(この手の話は語りだすと長くなるので、またの機会に続きを書きたいと思います)